システム行動学 (Systems Ethology)とは一体なんなのか

システム行動学

はじめに

1998年にシステム生物学 (Systems Biology)が提唱されました。
そして近年、次第にシステム生物学という概念が受け入れられてきているように感じます。

システム生物学については、小林 徹也先生のシステム生物学って何だったんですか?という記事が非常にわかりやすくまとめてくださっています。

間違っていることを言っていたら申し訳ないのですが、システム生物学では「生命をシステムとして理解する」というのがもっとも一言で表せることなのではないでしょうか。

これは生物学全体、特に分子生物学や発生生物学、時間生物学など幅広い分野へ新たな視点を導入したという体感です。

僕自身は神経行動学、ないしは行動学という学問の研究を行なっています。
近年神経行動学の研究においても神経シミュレーションやコネクトームデータの解析、さらには動物の行動を解析するための機械学習ツールなど、動物をシステムとして捉えた計算論的な研究が広く発表されてきました。

システム生物学が提唱された段階で、神経行動学のこういった影響を想定していたのか、現在こういった状況がシステム行動学のスコープの中に入っているのかというのは正直なところわかりません。

ただ、こう言った流れが神経行動学の分野においても進んできているというのも事実であり、そう言った意味でシステム生物学の提唱は先見の眼があったと実感されます。

システム行動学のはじまり

システム生物学に現在の行動学の流れが入り込んできているのであればわざわざシステム行動学と名乗る必要はないではないかというのが一種疑問として上がってくると思います。

いや、確かにそうなんだけど。。。と思うのですが、それでもあえてシステム行動学を提唱するに至った経緯があります。

これは僕自身が思っていた願いが強いのですが、「行動学を研究する者たちが集まれる場が欲しい」という願いからです。

行動学の研究は現在多様な視点で研究されてきており、神経行動学の学問の目標である、行動をどのようにして神経回路が制御しているのかという研究から、生態学の側面における行動が環境下でどのような機能を持つのか、進化生物学の側面における行動がどのように進化してきたのか、情報科学の側面における行動がどういう戦略でどう言ったシステムなのかなど、分野の垣根を超えて、行動というのもを研究してきています。

また、神経行動学の中でもショウジョウバエやマウスなどのモデル生物を使った神経回路レベルの研究から、非モデル生物を使ったユニークな行動のメカニズムの研究まで幅広く、呼び名もNeuroethologyであったり、Behavioral neurobiologyであったりとします。

これに拍車をかけるように、行動を調べるためのアプローチも多様化してきており、遺伝学を用いた神経活動操作から、電気生理やカルシウムイメージングによる神経活動記録、機械学習を用いた行動定量、数式による行動表現や強化学習による行動戦略の探索、より古典的に行動の詳細な観察などアプローチも垣根を超えてきています。

そのため、自身の研究のスコープがもっとも近しい分野の学会に参加しているというのが個人の見解であり、どこかしらに、あれ?ホームの学会はどこなのだろう?という気持ちがありました。

ただ、行動の研究はより多様化した視点で研究されてきており、特に研究手法については知りたいけど知れないと言ったようなことが起こり得るというのが現状です。
非常に惜しい状況でありつつも、もしこれらが一堂に会する場所があれば行動学の研究により進化がお今るのではないか?と思いを馳せ、そう言った場を作ろうという意図がありました。

これはあくまで僕自身の考えであり、一緒に協力してくださっている方々が同様のモチベーションであるとも、自分本位で成り立っているとも思いませんが、一堂に会する場が欲しいという意見は度々学会でいろんな人と話していました。

そして、そう言った場を作ろうということで、システム行動学というものを提唱しようと画策しまし、2024年9月にSWARM2024

Toward Understanding the Principles of Animal Behaviors: Systems Ethology
Hayato M Yamanouchi, Yusuke Notomi, Ryoya Tanaka, Shumpei Hisamoto, Shigeto Dobata

という論文を提出し、

Systems Ethology: Toward Elucidating the Design Principles of Animal Behavior

というOrganized sessionを行いました。

SWARM2024のHPより、本OSの要旨を引用します。

The exploration of biology plays a crucial role in elucidating the behavioral mechanisms of individual agents and their collective behavior as swarms, owing to the complex and diverse nature of animal behavior. In particular, recent remarkable advances in information processing technology have helped to elucidate their complex behavioral patterns. Furthermore, these technological innovations also enable detailed investigations into non-model species where established research tools are lacking, thereby contributing to a broader understanding of various biological phenomena. 
 Currently, methods for animal behavior analysis are highly diversified, necessitating opportunities for integrated discussions where specialists with cutting-edge knowledge can share their techniques. We therefore propose a framework called “Systems Ethology” to elucidate the design principles of animal behavior. With the overarching goal of understanding animal behavior as a system, we aim to facilitate the exchange of information regarding various approaches to elucidating the mechanisms underlying each behavior. Such cross-disciplinary interactions among researchers can assist in performing more efficient and meaningful research.
 In this session, we aim to gather biological insights from various disciplines such as ecology, ethology, and neuroscience. Additionally, proposals for diverse behavioral analysis approaches, incorporating insights from information science and engineering, are also encouraged.

本OSではさまざまな視点で行動を研究されている研究者を呼ばさせていただき、非常に盛況なOSを企画することができました。

現在はかねてからの願望であった、システム行動学研究会 なるものを行えないかというのを企画しています。

システム行動学の考え方

システム行動学とは一体なんなのか、どう言った学問として定義しているのかということについて、次に話していきたいと思います。

行動学ではかつてニコティンバーゲンが提唱した、「ティンバーゲンの4つのなぜ」が中心となってきています。

さまざまな言い方や考え方がありますが、ここでは、“survival value,” “ontogeny,” “evolution,” and “causation”の四つの観点とします。

ニコティンバーゲンはこの四つの観点から行動を見る必要があると説き、現在の行動学、しいては神経行動学の重要な指針にもなっています。

しかし、これらの観点は現在それぞれをフォーカスとした研究によって成り立っています。

わかりやすい例だと、神経行動学では神経がどのように行動を制御しているのかをcausationの視点でフォーカスしていますし、生態学ではsurvival value、進化生物学では、evolutionを焦点に置いています。

それぞれの疑問に答えることが重要ではありますが、これらの視点は別々に存在し、焦点の外のことに関してはブラックボックスとして扱われていました。

つまり、行動のcausationsurvival valueを同時に焦点とし、両方のスコープを満たすような学問はこれまでないように感じます。(もちろん研究レベルで見れば現在はこれらを複合的に見る研究は多くなってきています。)

行動を真に理解するには、“survival value,” “ontogeny,” “evolution,” and “causation”の四つの観点が必要であるのにも関わらず、なぜ統合されて来なかったかという点において、真相は誰にもわかりかねますが、一つの要因としてはお互いがお互いに理解し合うことが難しいということが挙げられると思います。

逆に言えば、これを理解し合えるようにすればいいのでは?ということになります。
そこで、システムという考え方を媒介にすることで、これらが解決できるのではないかと考えられます。

つまり、システムがこれらをつなぐ、ある一種の言語のようなものになればお互いの考えを取り入れられるのではないか ということです。

ここでは、システムを行動システム(Behaivora system)として定義しています。

そもそも行動の考え方はたくさんあり、それ全てに適応することは難しいですが、ここではよりシンプルに、行動とは

The internally coordinated responses (actions or inactions) of whole living organisms (individuals or groups) to internal and/or external stimuli, excluding responses that are more easily understood as developmental changes

和訳:生物全体(個体または群れ)が内部および/または外部からの刺激に対して内部的に調整した反応(行動または不行動)であり、発達上の変化としてより容易に理解できる反応は除く。
~引用元 Levitis et al. (2009)~

と定義しています。

これをシステムに置き換えると、システムの出力が行動にあたります。
そのため、入力と処理を担うシステム部分は行動システムとして扱います。

行動システムには、個体を単位、神経細胞を単位、分子を単位と、各階層で見ることができます。
この階層性の多様さがあり、行動ではこれを跨ぎつつ、複数階層で理解するというのが行動を理解するという上で必要になってくると思います。

ただ、それだけ複雑になるということから、一つのシステムを完全に理解するというのを一つの研究で行うことは不可能になってきます。
だからこそ、分野を問わず、さまざまなアプローチや知見を共有する場が必要であると思っています。

あらためて「ティンバーゲンの4つのなぜ」に戻ってくると、システム行動学ではこの四つの疑問に答えるために、以下の四つの指針を挙げています。

1) System structure: Static structure represented by nodes and edges. It includes discovering the behavior and the pathways by which the behavior is formed from inputs. It also elucidates the system’s components and how they are connected. 

2) System dynamics: The dynamic structure is represented by nodes and edges. This perspective includes dynamics of the system (structure changes of the systems) and dynamics on the system (inner-statements transition of the nodes in the system). Dynamic system structure changes as a result of learning, development, and other parameters. 

3) The control method: Methods for controlling the system’s states and behaviors. This method includes behavioral changes caused by intervention on the system’s nodes or edges. 

4) The design method: Meaning and principles of the system. This method includes understanding the system’s adaptive and evolutionary significance. 

~引用元 Yamanouchi et al. SWARM2024, (2024)~

これはつまり、システムのどういう面を解明していくのかという指針であり、これはシステム生物学の四つの指針を元にしています。

システム行動学の今後というのは誰もはっきりとは確信を持っていないし、細かい部分に関してはまだ統一されていないというのが現状だと思います。

だからこそ、今後行動学の今後を考えていく上で、システム行動学という場を作っていきたいと思っています。

システム行動学の今後

現状、システム行動学という新しい考え方を提案した状態であり、さらにはそれは学会のペーパーの状態です。

いずれは論文のOpinitionなどといった形で世に公表していけたらと思っています。

また、直近の願いとしては、元来の願いであった行動を研究する人たちが集まれる場を実現することです。

まずは日本国内から、システム行動学研究会なるものを企画できたらと思っています。

最後に

本記事は作成者個人の考えであり、一意にシステム行動学というのを決定づけるものではありません。

そのため、人によっては考え方が違うと言ったことや、間違っていることを言っているかも知れないことだけは留意していただけたらと思います。

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